日々のコトトカニ

「日々のコトトカ」の二(に)

「日々のコトトカ」の二(に)

生きている月

七月も最終日。今月ものらりくらりのコトトカニ。
何もなかったかというとそうでもなく、例えばひとつ歳を重ねたり。家族のことで考えたり。いまだに自分がわがままなのだと知って少し落ち込んだりもしていました。そうっとね。

ただ七月は「生まれた月」であることは勿論なんだけれど、生きていることについて考える機会が多い月でもある気がする。そのきっかけのひとつは、友人の死でした。
本当に薄情な話なんですが、私は彼女の命日を知らずにもう九年が経とうとしています。彼女とは中学時代に同じ学校に通い、高校からは別々。あとはたまに出会う程度。けれど彼女が亡くなる一年くらい前に再会し、少しばかりの交流のあと、彼女の死を知ったのは彼女の妹さんが私を訪ねてきてくれたことがきっかけでした。
一度だけ、彼女の自宅に伺って仏壇の前で手を合わせる機会がありました。
その後は妹さんとの交流が途絶えるとともに、私が覚えているだけの日々です。

彼女とは家も近くではないので学校で過ごすことがほとんどでした。
高校からはわかれたものの、彼女の通学路の途中に私の実家があったこともありたまにすれ違ったりしていたのですが、ある日、彼女の誕生月である三月の出来事をいまでも覚えている。
いまのように携帯もなく、ポケベルも持っていなかった私たちなので、再会はつねに「偶然」のひとつだったけれど、その日は彼女が私の家にやってきて、ああそういえばと思い「今月誕生日だったよね」というと「うん。自分の誕生日だなあと思ったとき、yuewo(仮でID名)の誕生日祝ってなかったなーって思い出したから」とプレゼントを渡してくれたのです。
ええっ私が祝われる方!?というか、私なにも準備できていないんだけれど!と焦っていると、いいのいいのーといって彼女は帰っていった。
そして結局私は彼女の誕生月を祝えないまま、彼女のいない九年を過ごしている。

自己満足きわまりないのだけれど、自分の誕生月にはどうしたって彼女を思い出している。何をするでもなく、ただ忘れていないだけ。歳月で記憶が美化されてはいないかと思いもするし、もう彼女の顔をはっきりと思い出せなかったりもする薄情者だけれど、彼女のことをまだ忘れていない自分に安堵もしているのだ。

いつだったか、彼女の妹さんが「姉は『yuewoはすごい』って言っていたことがあった」と教えてくれたことがあった。十年前に再会してから言っていた言葉らしく、それもあって妹さんは私に彼女が亡くなったことを、他県(府)に住んでいる私に伝えにきてくれたそうだ。
一体なにが「すごい」なのかは、私にも、妹さんにもわからなかった。
社会的にはむしろ駄目駄目じゃないかしら…と思う自分の生き方のどこかを、そんなふうに言ってくれていたひとは彼女しかいないというのに、そんな彼女に会えないということが時々寂しいと感じる。
そんな月が、今年も終わろうとしています。