日々のコトトカニ

「日々のコトトカ」の二(に)

「日々のコトトカ」の二(に)

つれづれなるままに

管理画面もちょこちょこと変わっているなーと何だか久しぶりのこちら。
といっても五月上旬から色々をとまっていた。原因は体調等を大きく崩して生活部分で状況が変わったというところ。ぼかしぼかし。

ぼんやりと天井を見ながら過ごしたひとつきだった気がします。
ようやくちょっとは動いたりもするものの、興味にゆれる針が何だか短くなったねーという心のすさみよう。自己管理の至らなさといえばそれまでなんだけれど。
(私にしては)たくさんのひとに迷惑をかけて、何度も謝罪の言葉を繰り返した。そうして色々あっというまに持っていたと思っていたものが失って、ぽつんとひとりで考え中な今日この頃。

来月からのこともようやくと決まって、少しだけ落ち着いたのでそんなことをつらつらと書きにきた感じです。ひとりで考えている時間(継続中)は思いのほか悲観的ではないものの、利己的になりがちなのだなあと今更に気づいて驚くばかり。ええっ、私こんなに利己的でしたん!?と落ち込んだり(そこで落ち込むのか)しつつ、ちょっともう、ほんとそこは今更だけれど、今からでも直していこう…と改めて感じている日々でもあります。
恐ろしい。遡って高校時代くらいまで利己的ヒストリーにへこんでいた。

誰かに相談して客観性を持つことも大切なのだろうけれど、今の状況というのは同調してほしいわけでもなく、かといって叱咤してほしいわけでもない。利己的ヒストリー(…)を遡っていて思い出したのは「私だって乗り越えたのだから、ごちゃごちゃうるさいよ!しっかりしなよ!」と叱咤してくれたひとがいたこと。勿論そのひとの持論は間違っていない。本当に苛立っていただけな気もしないでもないけれど。
叱咤は確かに相手に対して情がなければできないかなあとはようやく思うようにはなったものの、やはりわたしはそのひとの持論に同調することはできない。単に怒られるのが怖いだけかね…などとも思う、いや実際そうなんだろうけれど。感情を伝えるということは難しい。そんなことを改めて感じていた。

今となってはわたしを叱咤するひともおらず、同調することも求めない。正しくひとりで、またもうすこし今からについて考えみる時期です。ヒストリーは封印というより、反省し終えたならば消化したいところ。どうにも都合よく落ち込むネタにしているだけな気がしてならない。恐ろしい。
そして色々ぼかしたことは墓までひとりでもってゆく。重い。